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ある日突然、『白血病』と宣告された母。娘の想いは。


by a-ve-maria
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18・・・最後に。

娘の私の心の整理と記録の為に始めたブログですが、
最初は当時の気持ちが蘇ると辛くなり、手が止まり、なかなか進まず。
それでもいつかは仕上げたいと、マイペースで綴って来ました。

母が旅立ってから1年半が経ち、自分なりに気持ちの整理をし、周りの支えもあり、
やっと少し落ち着き、この記録も仕上げられそうです。

母の闘病中に色々な方の体験記・闘病記のブログにお邪魔し、
励まされる時もあれば、見たくなかった現実を見てしまい落ち込んだり。

当初は30分も持たないかも。と、言われた母の残された時間が3週間に伸び、
無理だといわれた血液学的寛解の状態にまでなれ、
目標だった臍帯血移植が出来る状態に。

でも、私自身は今でも母が臍帯血移植をしたのが正しかったのかどうか分かりません。

主治医との取り決めで、母が希望を持てるように
治癒率が極めて低い事は本人には話さなかったので、
本人は臍帯血移植さえすれば、すっかり元気になって
又、元の暮らしに戻れると思ってやる気満々でした。
発見が早く、若くて元気な方であればそれも有得ると思います。
でも、母の場合は、58歳と言う年齢と
急性転化してからかなり時間が経っている点から、
術後の合併症と闘って、無菌室から出られるかどうかは難しいと聞かされていました。

何よりも移植を躊躇させた要因として、
寛解の状態は非常に体調が良く、元気に喋り、
自分で歩いてトイレにも行けていたと言う事がありました。
会話も出来て、食べたい物も食べられて、触れる事も出来る。
この状態を、もう一度壊してしまうのがとても嫌でした。

それでも母は移植の道を選びました。

案の定、術後の苦しみぶりは相当な物でした。
本当に辛そうで、私は移植に踏み切った事を後悔しました。
初めのうちは、何もやらないよりやった方が良いと母は気丈に言っていました。

術後合併症と戦い、手を尽くし、
最後は痛みを和らげる事を取るか、家族との会話のコミニュケーションを取るか、
苦渋の選択で痛みを和らげるためにモルヒネを投与する事に。
会話が出来なくなる事を伝えると、
“私、頑張ったのに何で?”“死にたくない”と、首を横に振りました。

それが、母の発した最後の言葉となりましたが、
その後、こん睡状態の母の手を握って語りかけ続けていると、
多分、母も精一杯やって、悔いは無く納得しているのではないかと思えました。

薬の副作用でパンパンに浮腫んだ手。
やっと素手で触れられた母の手。
18・・・最後に。_c0162535_19552596.jpg

薬で眠らされている状態になってからも、
付き添っていると夜中に何度か目を覚まし、
ぼやけている筈の目をキョロキョロとさせ、家族を探していました。
顔を近づけて話しかけると、ゆっくりとした瞬きで答えていました。

旅立つ数日前にも夜中に目を覚ましたので、
付き添っていた兄が手を握ると、
驚いた事にベッドから起き上がろうと上体を起こしました。
そして、兄を抱きしめようとしていました。
慌てて寝かしつけましたが、この時は何度“疲れるから寝よう”と言っても目を閉じず、
暫くは、しっかりと目を見開いたままでした。
後で兄とこの時の事を話したら、
あれは最後の力を振り絞って何か伝えようとしてたな。と、言っていました。

母の闘病は悲しい結果になりましたが、
お別れの日まで、しっかりと心の準備が出来たし、
あのまま何も無ければ伝えていなかった感謝の気持ちも伝えられたし、
素直に娘として甘えられた気がします。

何より最後まで戦い抜いた姿を誇りに思います。
母の闘病から学んだ事は沢山あります。

人生は、未来にどんな事が起こるか分からないので、
例えどんな状況に置かれても、
立ち向かって行ける強い心を持つ事が大切だと教わりました。
夢描いていた物が崩れ、大切な物を全て奪われた様な気持ちになっても、
自分の心と体を大切にしていれば、又、前へ進めると思いました。

母に生きる希望を与えて下さった臍帯血と輸血用血液の提供者の方達には、
特にに感謝しています。

母も、最初は輸血を拒み、同意書へのサインに戸惑っていました。
その時、兄がもう20年以上定期的に献血している事を思い出し、
“お兄ちゃんが見ず知らずの人へ届けた気持ちが、
回りまわってお母さんに届いたと思えばいい。”と、諭しました。
その後、同意書にサインし、輸血が始まりました。

今でも献血車に並ぶ人を見ると、本当に感謝の気持ちで一杯になります。
提供した血液が、誰にどの様に届くのかも分らず、
感謝の言葉も聞ける訳では無く、誰に褒められる訳でも無いのに、
見返りを期待せずに赤の他人の為に時間を使い、体力も使い、
大切な自分の一部を提供してくれる。

そんな方達のお陰で、母と過ごす時間が長くなり、移植まで漕ぎ着けました。

人助けをしたいと献血される方、
たまたま献血車を見つけて献血される方。
無料の血液検査として献血される方。

どの様な経緯で献血されたとしても
それによって救われる人が必ずいます。

他人の為だと考えず、
もしかしたらご自身やご家族の為かも知れないと考えれば、
私の様に一歩踏み出せるかも知れません。

この先医学が進み、
様々な病気による痛み苦しみが取り除ける日が来る事を望んでいます。
by a-ve-maria | 2009-11-24 00:10